“象徴”を手放した話

今から一週間前のことですが、報告いたします。

家にあったピアノを、やっと手放しました。

引越しをするたびに、黒くて重く、全くもって現状に不要な大荷物を持ち運んできました。

迷いつつ手放す決断ができなかったわけですが、今は、部屋の風景も心の風景も、清清しく軽くなりました。

黒く重く大きく、私の暮らし方にも不要なアップライトピアノは、私の母親への感情の象徴でありました。

50数年前の物なので、それなりに表面の傷はありますが、まだ十分に使えます。

引き取ったピアノをメンテナンスして、必要としている先に送ってくれる事業をやっているところにお願いしました。

一応、査定してくれましたが、やっぱり査定価格ゼロ円でした(笑)

 

 

古いこともありますが、有名なヤ○○などの国内ブランドではないからです。

ア○○○という、今は廃業してしまったところのもので、購入した当時は価値があったみたいですが・・・。

これも、母親の拘りです。

 

50数年前といえば、一般の家庭にピアノが入ってくる最初のころではないかと思います。

しがない会社員の家庭の、小さなボロ家には不釣合いな高価なピアノを購入するという、イベント。

しかも、ヤ○○ではなく、ア○○○という拘りの品を。

 

高価なピアノを購入するためにどんな苦労をしたか、について、眉間に皺寄せ熱く語る母。

その経緯の顛末を、細部にわたるまで何度も何度も再現して聞かせる母。

 

私が頼んで買ってもらったわけじゃない、これは幼い私の心の声。

 

ピアノ購入にまつわる話は、母の生き方や価値観をよくあらわしていると思います。

子育てにおいても人間関係においても、物や行動や人物の価値は“金額”で判断するというパターンです。

私にとって嫌悪の対象となる、母のパターンのひとつです。

 

 

私のピアノは、幼いころの、10歳の、14歳の、19歳の、22歳の、27歳の…52歳の・・・、私と母との忘れがたいエピソード(私にとって!)を象徴する黒く重く巨大な物体でありました。

 

 

老いた母の介護を契機に、私の中の封印していた“黒いもの”が噴出していました。

何度かあった引越しのときに手放せなかったのは、わたし自身が縛られていたからだと気づきました。

象徴としてのピアノを手放す決断をしてからは、淡々と、ことを進めることができました。

 

 

そして、この1週間の変化が面白いのです。

「介護」の役割分担として実家通いは続いていますが、目の前の母の姿が、今までと全く違って見えています。

なんというか、「母」ではないのです。

ワガママでジコチューな腰のまがった老婆。

いつもと変わらぬ言動なのですが、その映像は、まるで操り人形のような!

 

私の心の中の“黒いもの”を投影していた母は、「母」の抜け殻となったようです。

私の中の“たましい”に、なにか変化が起きたのでしょうか。

 

 

そのうちに、自分の暮らしに見合った大きさと機能をもった電子ピアノを、自分のお金で手に入れる

ことになるかもしれません。

そうしたいな、老後の楽しみに♪